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Radio Days 人生を左右した番組


こちらラジオ得報部

当時全盛を誇っていた「ラジオはアメリカン」の前後の時間帯に放送していた、
信越放送の自社番組。(改編により前になったり後になったり…)
聴くようになったきっかけは、高校を卒業後通う事になった予備校にいる
英語の講師が「プロフェッサー・ミヨサワ」として
この番組に出演している事が分かって、急に身近に感じるようになったから。
番組内ではカンタンな英会話レッスンと英語でのクイズを担当していたけど、
予備校での三代沢先生、講議の最後には必ず
クイズの答と送り先を言ってました(笑)。

番組出演者はメインパーソナリティとして、
マルティン・フェルナンドことヒゲおじさんこと
野模政之さん(のぼ・まさゆき 字、違うかも…)、←勝之さんでした('03.7/15)
清瀬じゅんちゃん(字がわからん…)、
カネコケン(いよいよわからん…)←金子 健さんでした('03.7/15)
終盤出てきたお姐(名前すら思い出せない…)。

特に決まったコーナーがある訳ではなく、数人が出演したりしなかったり、
時にはお便り紹介の週になったり、スタッフの近況報告になったり、
ごくたまにドラマやコントをやってみたり、と、
そんなんでいいのか!?というような、内容不定の番組でした。
何が面白かったか、と聞かれると…間とか、声とか、選曲とか…全部、かなあ。
まあ、自分にとっては居心地の良い空間を与えてくれた番組だったな。
予備校を卒業後はお隣、山梨の大学に行く事にしたんでラジ得ともおさらば…
という事にはならず、わざわざAM用のアンテナを買いこみ、
信越放送と同じ1098KHZのラジオ福島が強烈に混信する中で聞いていました。
ていうか殆ど聞こえない時もあったなあ。

そんなある日、部屋の黒電話が鳴りました。
出てみるとそこには聞き覚えのある声が。じゅんちゃんとお姐でした。
何でも、リスナーに突然電話する「とつ電」というコーナーだったらしい。
県外リスナーって事で珍しかったんだろうな。
事前に、電話が欲しい人は電話番号を書いて送るようにって
告知があったようなんだけど、実はそれ、聞いてなかったんだよね(笑)。
ハガキに名前書く時、つい勢いで電話番号も書いちゃったら偶然、
とつ電があったってワケです。

最終回は実家に戻って、録音しながら聞いたなあ。まだテープ持ってるよ。

その後SUN−TAは、その番組の編集部が置かれていた某広告会社に入社、
そして偶然にもその時の営業担当兼プロデューサーだった人を
上司に持つ事になったのでした。
自分の人生を左右した番組でしたな。
と、その会社も7月30日付で辞める事にしたんですけどね…。←H14.7/30付け

ちなみにBBSの冒頭に書かれている
「今日は東に 明日はまた西に…」のくだりは
その番組で1回だけ使われたキャッチフレーズをそのまま拝借したのでした。

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